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東京地方裁判所 昭和42年(借チ)2012号 決定 1969年2月19日

申立人 三上貞治

相手方 矢島マキ 外一三名

主文

申立人が相手方らに対し、金一〇三万一、四〇〇円を支払うことを条件に、別紙目録(二)記載の賃借権を東京都荒川区日暮里町三丁目六八二番地李玉姫に譲渡することを許可する。

前項の賃借権が譲渡された後の賃料を一箇月金六、一〇〇円とする。

理由

一、本件申立の要旨は、

申立人は、昭和三〇年六月別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を、相手方らから存続期間を定めないで、賃借し、右土地上に別紙目録(三)記載の建物(以下本件建物という。)を所有している。そして今度、右建物と共に右土地賃借権を李玉姫に譲渡することになつたが、同人は相当な財産を有しているので、同人が右賃借権を取得しても相手方らに不利となる虞れはないのに、相手方らはこれを承諾しないので、右承諾に代る許可の裁判を求める。

というのである。

相手方らの主張は、李玉姫は一面識もない外国人であるから、承諾できないというのである。

二、本件資料によれば、次のような事実が認められる。

本件建物の前所有者は申立外岩田喜之助であつて、同人は、もと本件土地の所有者であつた相手方らの先代亡新田信蔵から、本件土地を賃借していた。そして、右信蔵は昭和二八年一二月三日死亡したので、相手方らが相続により本件土地を取得し、賃貸人たる地位を取得した。一方、申立人は昭和三〇年六月頃、前記岩田から本件建物を買受け、本件土地の賃借権も取得した。申立人は、その際相手方らとの間で、新たに期間を定めない賃貸借契約が成立した旨主張するが、これを認めるに足りる資料はない。そして、前記岩田の有していた賃借権が設定された日及び存続期間を認めるに足りる資料もない。

なお、本件建物は、登記簿上は申立人の所有名義から、申立人山田恒男、同丸吉繊維株式会社、李玉姫に順次売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、いずれも申立人の同人らに対する債務のために、本件建物につき譲渡担保を設定し、その対抗要件として売買を原因とする登記がなされたものである。そして、申立人と李玉姫との間においては、昭和四一年九月二九日、次のような条項を含む訴訟上の和解が成立している。すなわち、(1) 申立人は李に対し金七〇〇万円の債務があることを認め、これを昭和四二年七月末日までに支払うこと、(2) 申立人が右債務を期日に履行しないときは、申立人は同日限り本件建物の所有権を喪失し、これを李に対し引渡すこと、(3) 右の場合、李は申立人に対し、引渡と同時に立退料として金二〇〇万円を支払うこと、(4) 申立人は昭和四二年三月末日又は李の要求する日時に地主に対し借地権譲渡につき承諾を求める手続をとること、(5) 申立人は本件建物を明渡すまで地代及び公課を負担すること。しかし、その後申立人と李との間で、前記(1) の期限を本件申立事件が確定するまで延期する旨の合意が成立し、本件建物は、引き続き申立人において占有しているが、申立人と李との間に本件建物の賃貸借契約等はなく、したがつて賃料等も支払つてはいない。そこで、借地上の建物に譲渡担保を設定した後における借地法九条ノ二第一項の申立を建物の譲渡前の申立として、これを全て適法とするのは疑問であるが、本件においては、前記の如き条項を含む訴訟上の和解が成立しているので、同条にいう建物の譲渡前の申立であると認められるから、本件申立は適法である。

李玉姫は外国人であると認められるが、同人が本件土地の賃借権を取得した場合に賃貸人である相手方らとの間で信頼関係を維持することができないと認められるような資料はなく、その他経済的資力等の点でも相手方らに不利となる虞れはないものと認められる。よつて、本件申立は認容するのが相当である。

三、そこで本件申立を認容するについての財産上の給付について検討する。

鑑定委員会は、財産上の給付については、本件土地の建付地価格を三・三平方メートル当り金六万四、〇〇〇円と評価し、第三者に譲渡する場合の賃借権価格を右の六五パーセントに当る金四万一、六〇〇円とし、本件全体については金一〇三一万四、〇〇〇円となるので、その一〇パーセントに当る金一〇三万一、四〇〇円を財産上の給付額とするのを相当とし、賃料については、賃料事例比較法積算式評価法による結果を総合して、三・三平方米当り一箇月金二五円とするのを相当としている。

そして、両当事者とも右鑑定委員会の意見については、格別異議はなく、また右意見にはこれを不相当とする事情は認められない。よつて当裁判所にもこれを採用することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 福嶋登)

別紙目録

(一) 土地

東京都南多摩郡多摩町大字一の宮字船田四二〇番地

宅地 八〇六・六一平方米(二四四坪)

実測 八一六・五三平方米(二四七坪)

(二) 賃借権

右(一)の土地に対する堅固でない建物所有を目的とする賃借権

(三) 建物

家屋番号五〇番二

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建 居宅一棟

床面積 七〇・二五平方米(二一・二五坪)

附属建物

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建 工員合宿所 一棟

床面積 一二三・一四平方米(三七・二五坪)

以上

昭和四二年(借チ)第二〇一二号

意見書<省略>

評定の理由

第一、地主たる相手方が買受をする場合

一、本件土地賃借権の対価相当額

(A) 本件土地の自然的位置及び環境

本件賃借権の目的土地は京王線聖蹟桜ケ丘駅より西方約四〇〇メートルの地点に位置し、一般住宅敷地として利用されている。周辺は東京都住宅供給公社、中小分譲業者等によりこの四、五年急激に宅地化された地域であるが未だ農耕地が多く田園的風景をもとゞめている。

(B) 土地の形状及び街路条件等

本件画地は幅員約三、七~三、八メートルの地域内連絡街路(公道)に接する一方路線画地であり、その形状は別添公図写にみるごとき不整形地である。尚、公法上の制約としては商業地域及び住居地域(別添公図写参照)に指定されている。

(C) 土地の価格

周辺の世評価格は坪当り七〇、〇〇〇円前後と称されているが本件土地のごとく周辺の類型的地積(一六五~二〇〇平方メートル)に比して稍々広量地積で、而も不整形な画地は坪当たり六五、〇〇〇円前後といわれている。

本評定にあたつては前述の世評価格を参酌の上、近隣における同類型の取引事例を求め、市場資料比較法を適用し更地価額を坪当たり六五、〇〇〇円と評定した。次に本件土地上には後述せるごとき相当老朽化している建物が存在する。

一般にかゝる建物がある場合、敷地価額は更地価額より低くなるのが通例で、建付地価額を坪当たり六四、〇〇〇円と評定した。

(D) 本件土地賃借権の対価相当額

賃借権価額の決定にあたつては本件土地価額に近隣の木造を目的とする借地権割合、本件土地の地代収益を参酌し第三者に譲渡する賃借権価額を坪当たり四一、六〇〇円(総額一〇、三一四、〇〇〇円、千円未満四捨五入)と評定した。

次に借地権の譲渡には土地の貸主の承諾が必要であり名義変更料は借地権価額の一〇パーセント程度を通例とするので本件のごとく地主たる相手方が買受をする場合はこの名義変更料を控除して算出するのが相当であると判断し本件賃借権の対価相当額を主文の通り評定した。

近隣における一般的な借地権割合は六〇~七〇パーセントと称されているが本件の評定にあたつては六五パーセントと査定した。

(備考)

<1> 第三者に譲渡する賃借権価額一〇、三一四、〇〇〇円のなかには名義書換料を含んでいる。

<2> 賃借権の評定にあたつては実測地積二四七坪九四によつた。

二、本件建物の対価相当額

建物は登記簿上、左記のごとく二棟となつているが現実には一体利用されている一般住宅である。

(家屋番号) 五〇番二

(種類) 居宅

(構造) 木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建

(公簿地積) 七〇平方メートル二四(二一坪二五)

附属建物一

種類 工員合宿所(現況居宅)

構造 木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建(現況瓦葺)

公簿地積 一二三平方メートル一四(三七坪二五)

建築時期については本件申立人によると大正八、九年(該建物の保存登記は昭和一八年一〇月となつている。)と称しているが詳らかではない。

本件建物の間取りは別添図のごときであるが同図赤線枠内部分(公簿上附属建物として登記されている部分)は天理教の道場として建築されたと称されており天井も通常の住宅より高い。

外部仕上げについては屋根はトタン葺(但し、一部は日本瓦)、外壁は押縁下見張り、内部仕上げについては概ね床を畳及び板張り、壁をシツクイ塗り(一部砂壁)、天井は竿縁天井である。

維持保守状況は建築後相当経過しているので老朽化しており戸袋、押縁下見板等随所に損傷が認められる。

(建物価額の評定)

建物価額の決定にあたつては復成式評価法を適用することゝしその復成価額について部分別単価適用法及び比較法を併用し

五、二三〇、〇〇〇円と見積つた。

本件建物は建築後相当経過しており特にその保守状況もあまり良好とはいえない点を考慮し耐用年数に基づく経年減価のみならず市場性減価を行ない、本件建物価額を五〇〇、〇〇〇円と評定した。

第二、申立人が本件土地賃借権並びに地上建物を第三者に譲渡することを認めた場合

一、名義書換料の評定

(A) 申立人が本件土地賃借権並びに地上建物を第三者に譲渡することを認めた場合、借地人に財産上の給付(金銭)をさせることは東京地方では名義書換料の名目で慣行化してきており、相当であると認める。

(B) 一般に授受されている名義書換料は借地権価額の一〇~一五パーセントと称されている。

本件の評定にあたつては契約の推移等を検討の結果(第三者に譲渡する場合)借地権価額の一〇パーセント相当額を妥当と判断し一、〇三一、四〇〇円を決定した。

二、地代の評定

(1)  賃料(地代)事例比較法

本件土地、建物が所在する聖蹟桜ケ丘駅周辺は主にこの四、五年宅地化された地域で借地の事例は殆どないと称されている。

よつて同一需給圏を拡大し隣接の府中駅周辺を調査したところ一般的に坪当たり二五~三五円といわれている。

又、東京都二三区内の地代調査(資料1)による坪当たり三〇円以上五〇円未満が全体の四二パーセントを占め二〇円未満は五パーセント以下である。

(2)  積算式評価法

次に積算式評価法を適用し該物件の底地価額を坪当たり二二、七〇〇円と求め、これに照応する期待利回りを乗じて得た額に公租公課、管理費を加算して積算賃料を求めた。

尚、期待利回りは理論的に六パーセント前後といわれているが、地価の騰貴等によりその水準を維持できず現実には該物件のごときは一~一、五パーセント前後と称されている。

以上を総合的に検討し契約の推移(特に地代の推移)を参酌し月額坪当たり二五円と評定した。

以上

〔別紙〕

資料(1)

借地条件、地代等の実態調査一部抜萃

(東京都内の住宅地区における)

昭和42年5月調査

東京商工会議所

東急不動産(株)協力

全体でみると坪当たり30円以上50円未満が全体の42%を占めている。

坪当たり20円未満は5%以下である。

3,375件

20円未満    4.7 %

20~30円未満  14.5 %

30~40円    22.4 %

40~50円    20.00%

50~60円    14.7 %

60~70円    7.1 %

80~90円    4.1 %

90~100円    2.6 %

100円~     1.2 %

不明      6.6 %

資料(2)

防衛施設庁による地代の実態調査による契約開始年度別の利回り調査<省略>

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